第15回 全集と双書のデザイン   バックナンバーはこちら >>>
 
 これまで、ユリイカ本の単行本や雑誌の造本デザインについてご紹介してきたが、今回はデザインの「連作」とも言える全集類の作品をご紹介したい。
 『ロルカ選集』全4巻(1958〜1959年)や『現代詩全集』全6巻(1959〜1960年)の継ぎ表紙も充分美しいが、巻ごとにワンポイントを違えてあるデザインのほうが、全巻並べた時の状態を見る喜びは大きい。
 たとえば『ロートレアモン全集』全3巻(1957〜1958年)の表紙ひらに捺された金箔のカットは、3つとも異なる。購入する側も、こうした工夫がされているほうが嬉しいに決まっている。ちなみにこの『ロートレアモン全集』には、全3巻を合冊にした限定10部の総革特装本(1959年)があって、駒井哲郎と真鍋博の銅版画が1葉ずつ挿入されているが、普及版のほうにも第3巻に真鍋博の銅版画が1葉入っている。普及版にオリジナル・エッチングを入れてしまうなんて、現代では考えられないサービスである。  それにしても、『ロルカ選集』『現代詩全集』『ロートレアモン全集』『稲垣足穂全集』と、すべてが継ぎ表紙装である。伊達得夫のデザインの好みが、ここにも顕著に現れていると言えそうだ。
 全集のデザインで美しさが際だっているのが『戦後詩人全集』全5巻(1954〜1955年)であろう。
 当時、竹尾用紙店と特種製紙が共同開発した新製品「ベルベット」を表紙素材に用い、ひらの小口側角に銀箔で串田孫一の昆虫のカットを捺してある。ベルベットは起毛のある紙で、布のベルベットを使用するより安価なので使用したものと思われるが、50年経った現在、しみやくすみが出ており、所詮は紙であることの弱さが露呈している。そのような不利な要素があってさえ、5種類の異なる昆虫が並ぶ様はとても美しい。
 双書でありながら、共通するのは判型だけでジャケットデザインがすべて異なるのが「今日の詩人双書」と「海外の詩人双書」である。
 ジャケットをデザインした人の名が記されている場合と記されていない場合とがあるが、わかる範囲内で言うと、『安東次男詩集』(1957年)は村上美彦デザイン、『吉本隆明詩集』(1958年)の写真は毛利ユリ撮影、『吉岡實詩集』(1959年)は浜田伊津子デザイン、『飯島耕一詩集』(1960年)は伊達得夫によるコラージュ、『キャスリン・レイン詩集』(1960年)は吉岡實デザインである。
 ここに掲げたものはすべて同じ判型であり、ジャケットはいわゆるフランス装風になっている。 
 フランス装「風」と言ったのは、通常のフランス装であれば折り込んだ紙を表紙として書物の本体の背の部分に糊付けしてしまうところを、この双書では糊付けせず、裁ち切りの表紙に被せてジャケットの形で装着してあるからである。こうしておけば、返品されて戻ってきた本に、ジャケットだけをつけ替えて再出荷することが可能だ。
 単発の詩集には、通常の糊付け型のいわゆるフランス装の造本になっているものもあるのに、この双書ではあえてつけ替え可能なつくりにしてあるのは、このシリーズが比較的よく売れた出版物であったからだろう。 
 このように、出版物の形態から当時の事情が推察できるケースもあるが、本を見ても理由の分からない事象もある。「今日の詩人双書」のシリーズの本は、表紙にケント紙程度の厚みの用紙を用いているのだが、『安東次男詩集』だけが、なぜか表紙に厚い板ボールを使い、背にクロスを貼ってあるのである。他の詩集よりページ数はやや多いが、他の詩集と同じ造本でできないほどの厚みとは思えない。それどころか、この本の表紙に板ボールを用いることで、本の厚みがより強調されてしまい、双書を全巻並べた時、本書だけがやけに分厚くなり目立ってしまう。表紙に板ボールを使用することのメリットが見えないのだ。
 残念ながら、現時点ではこの謎を解明することができていない。しかし、私にとっては今や、こうした謎を解明するのもユリイカ本のひとつの愉しみとなっているのである。 

 
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『ロルカ選集』第2巻表紙


『ロートレアモン全集』

『ロートレアモン全集』第3巻の銅版画(真鍋博画)


『戦後詩人全集』


今日の詩人双書1『山本太郎詩集』

今日の詩人双書2『安東次男詩集』


今日の詩人双書3『吉本隆明詩集』

今日の詩人双書5『吉岡實詩集』』


今日の詩人双書6『飯島耕一詩集』

今日の詩人双書7『大岡信詩集』


海外の詩人双書4『ルネ・シャール詩集』

海外の詩人双書5『ゴットフリート・ベン詩集』


海外の詩人双書7『ディラン・トマス詩集』

海外の詩人双書8『キャスリン・レイン詩集』
 
バックナンバー
     2005.09.18  第1回 ふたつの『ユリイカ』
     2005.09.26  第2回 『ユリイカ』の表紙絵
     2005.09.28  第3回 有名画家の展覧会
     2005.10.02  第4回 洋書にしか見えないブックデザイン
     2005.10.05  第5回 継ぎ表紙の妙技
     2005.10.05  第6回 赤と黒
     2005.10.05  第7回 鮮やかな配色
     2005.10.16  第8回 切り絵と切り紙文字
     2005.10.26  第9回 たれつきジャケット
     2005.10.31  第10回 細い帯を斜めに掛ける
     2005.10.31  第11回 覆い帙
     2005.11.01  第12回 和風のブックデザイン
     2005.11.04  第13回 渡辺藤一の世界
     2005.11.04  第14回 増刷と異装
     2005.11.05  第15回 全集と双書のデザイン
     2005.11.06  第16回 判型の効果
 

 

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