第14回 増刷と異装   バックナンバーはこちら >>>
 
 書肆ユリイカの本には、同じ本でも様々な造本デザインのものがある。その多くは増刷の際に別のデザインに変更したものである。『なよたけ』の初版(第12回参照)と再版(第10回参照)のようにまったく違う意匠になってしまうと、同じ本とは到底思えない。
 詩の本は売れないから増刷などしていないという先入観が出版業界にはあるが、ユリイカ本の場合、意外と増刷している本がある。
 最初の出版物である原口統三『二十歳のエチュード』(1948年2月初版、同年9月3版)は、厳密には詩集とは言えないし記念碑的な出版物であるから例外としても、小海永二訳『アンリ・ミショオ詩集』(1955年3月初版、1956年4月3版)、小笠原豊樹訳『プレヴェール詩集』(1956年2月初版、同年10月再版)、瀧口雅子『鋼鉄の足』(1960年3月初版、同年12月再版)、そして小説だが真鍋呉夫の『天命』(1952年9月初版、同年10月再版)など、増刷本はちゃんと存在する。
 なお、奥付に「再版」「第3版」などとあっても、これらは新規組直しをしてはおらず、いずれも紙型流用による増刷である。
 書肆ユリイカの本の場合、実は奥付に「再版」などの表示がなくとも増刷本であるケースがある。
 たとえば大岡信『記憶と現在』がそうで、架蔵本は奥付によれば昭和31(1956)年7月に発行された初版本ということになるが、本扉を見るとタイトルの下方に「1957」の文字があり、これは初版の翌年に増刷された本だとわかる。本書の初版は表紙に赤色のクロスを使用しており(国立国会図書館に所蔵されている)、色違いの異装本になっている。
 奥付の表記を代えないと困るのが古書業界で、この『記憶と現在』は、状態の悪さからすると明らかに「初版本の古書価」であった。店主が奥付の表記だけを鵜呑みにして価格をつけたものと思われる。
 もっとも、『記憶と現在』は本扉の年号という「増刷の痕跡」を残しておいてくれたのでいいが、奥付の記述を全く変更しないで増刷している場合があり、これは判別が困難で厄介である。「今日の詩人双書」の『山本太郎詩集』(1957年)や『吉本隆明詩集』(1958年)にはジャケットデザインの異なるものがあり、これはおそらく増刷したものと思われるが、奥付は同じである。本文の印刷面を比較すれば、(紙型から新たに鉛版を起こして増刷した場合は)後刷り本のほうの印刷面は寸法が縮むので先後関係が判明するが、違う2冊が私の手元に揃わないので確認できずにいる。
 ユリイカ本の中で、私が現在確認している「増刷回数最多本」は田中清光『立原道造の生涯と作品』(1956年10月初版)である。
 おそらく最初に出版された時の形はフランス装風表紙であったろう。架蔵本では失われているが、田中清光氏宅で拝見した本には覆い帙がついていた。次が並製ジャケット装で、これには「双書種まく人7」の表示がある。そして上製機械函入。この3点は奥付はすべて同じである。上製貼函入の特装版は唯一奥付が違う(1957年12月)が、そうは言っても組版を変更しているわけではなく、奥付事項を印刷した別紙を貼付してある「貼り奥付」である。
 つまりこの4点は、増刷していながら奥付の組版を一切訂正していないのである。
 増刷の際に、奥付にそのむね表示する場合としない場合とでは、どういう事情の違いがあったのだろう。  
 明治期や江戸以前の出版物では、後摺本より初版初刷本が有り難がられていて、奥付をそのまま流用することも珍しくなかった。最初の摺り本のほうが印刷面が鮮明で美しいし、後摺本は往々にして色版が省略されたり本文用紙や造本が粗末になったりするから、早い時期の版のほうが本が良質だったのである。
 しかし1940年代から1960年代という昭和時代の出版物に、近世近代の出版事情を当てはめるのは無理がある。
 現在では、本が売れていることを誇示するために、増刷する場合はことさらに刷り数を増やして表示することまでする。これは取次店や書店に対して「売れている本」ということをアピールするためで、そのほうが店頭で優遇されるからである。
 前述のように、ユリイカ本でも増刷表示をしている本はあるわけだが、奥付を訂正せずに増刷した本には、一体どういう理由があったのだろう。単に奥付ページの新規組直しまたは象嵌訂正の費用を節約したかっただけなのか、あるいは何か別の事情があったのか、今のところ明確な答えは得られていない。

 
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瀧口雅子『鋼鉄の足』初版表紙


大岡信『記憶と現在』増刷本


大岡信『記憶と現在』本扉


田中清光『立原道造の生涯と作品』フランス装風表紙版と並製ジャケット装版


田中清光『立原道造の生涯と作品』上製函入版


田中清光『立原道造の生涯と作品』特装版
 
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     2005.09.26  第2回 『ユリイカ』の表紙絵
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     2005.10.05  第5回 継ぎ表紙の妙技
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     2005.11.04  第14回 増刷と異装
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