番外編 第1回 奥付の誤植   バックナンバーはこちら >>>
 
 書肆ユリイカの本を見ていると、様々な面白い発見がある。
 たとえば渋沢孝輔『場面』(第6回参照)の奥付では、著者名の部分が「渉沢孝輔」と「渋」の文字が誤植になっている。渋沢は『現代詩手帖』1981年10月号(特集「処女詩集」)の中で「処女詩集の諸条件」というアンケートに答えて、自分の処女詩集『場面』について次のように書いている、「奥付の著者名が誤植で驚きました」。
 神奈川近代文学館に所蔵されている『場面』のこの部分には、鉛筆書きで「渋」のように補筆訂正がしてある。館員の方に尋ねたところ、「本の現状を変更する行為は一切行わない方針なので、当館ではこのようなことは行いません」とのことであった。
この本はもともと著者の渋沢が近藤東に宛てて贈ったものであり、「近藤ふじ子氏寄贈」のスタンプ印が奥付に捺されている。状況から推測するに、渋沢本人が訂正した可能性が高いであろう。
 著者名だけでなく、発行年にもミスがある。『現代詩全集』第6巻は奥付の発行年が「1690年」になっている。もちろんこれは「1960年」の誤植で、このような明らかな間違いは見ればすぐにわかるので問題ない。
 困るのは長岡輝子詩・川上澄生画『詩暦(うたごよみ)』の発行年のような間違いである。奥付には、発行年が「1946年」と書かれている。
 本連載の第9回と第12回でご紹介したように、本書はA5判上製角背、本文は和紙に活版刷りの全207ページで、川上の木版摺り本扉がつき、本文中には別摺り木版画が7点貼り込まれている。がんだれのジャケットも川上が和紙に木版2色で摺った贅沢な造りだ。こんな豪華な本を1946(昭和21)年という時期に、貧乏な伊達得夫の出版社が出したというだけで奇妙である。そして、書肆ユリイカのファンなら、この年にこの本が出版されるはずのないことも思い当たる。  ユリイカの最初の出版物である原口統三著『二十歳のエチュード』初版の発行年は1948年、そう、書肆ユリイカの出版は1948年からなのだ。1946年に長岡の『詩暦』が出ることはあり得ない。
 1999年、鹿沼市立川上澄生美術館の企画展「詩集の川上澄生」の開催に合わせて制作された図録に長岡輝子が一文を寄せ、その中でこの発行年の矛盾について触れている。長岡は『詩暦』を書肆ユリイカから出版してもらうにあたり、映画『風にそよぐ葦(後編)』の出演料で本書の制作費をまかなった。この映画は昭和26年に東映が配給して公開された作品。出演料をもらったのはおそらく昭和26年だろうと長岡は述懐する。そして、伊達は「昭和26年」を「1946年」と混同したのではないか、と推測。
 伊達得夫の執筆した文章を収載した名著『詩人たち』(日本エディタースクール出版部、昭和46年刊)に収められている「書肆ユリイカ出版総目録」では、『詩暦』は「1950年」とされているが、確かに長岡の推測通り「昭和26年」としたほうが辻褄が合いそうだ。つまり「1946」は「1951」(昭和26年)の誤植だったわけである。
 これは『詩暦』1冊だけを見ていてもわかることがらではない。他の出版物の情報などを照らし合わせて検証しなければ、事実には辿りつくことができない。書肆ユリイカの図書199点と雑誌 4点を所蔵する国立国会図書館の蔵書検索(NDL-OPAC)でも、発行年を奥付の記載通り「1946年」で著録してあるため、発行年順に表示させればこの『詩暦』がトップに出てきてしまう。
 誤植と誤記はどんな印刷物にもつきもので、たとえそれが書物の戸籍ともいえる「奥付」の部分であっても例外ではない。本の中に実際そう印刷されているからといって、鵜呑みにするのは危険である。
 なお『詩人たち』は日本エディタースクール出版部版が絶版となり、この11月初旬、平凡社から「平凡社ライブラリー」の1冊として再刊されることになった。『詩暦』の発行年については、以上のことから「1951年」と訂正してある。

 
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『現代詩全集』第6巻奥付

『詩暦』奥付
 
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